
歌舞伎俳優の尾上菊之助が、東京・歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」夜の部の『春興鏡獅子』で小姓弥生と獅子の精を踊る。格調高い舞踊の大曲に3年ぶりに挑戦する菊之助に話を訊いた。
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『鏡獅子』は前半の小姓弥生の可憐な踊りと後半の勇壮な獅子の精の踊りをひとりの俳優が踊り分けるところが見どころ。九代目市川團十郎らが古曲の『枕獅子』から想を得て創り、1893年に歌舞伎座で初演。その團十郎から直接手ほどきを受けた菊之助の曽祖父である六代目尾上菊五郎の舞台は大絶賛され、現在でも語り草となっている。歌舞伎座で踊るのは15年ぶりとなる菊之助は「江戸城で踊るという雰囲気が歌舞伎座ととても合いますし、久しぶりに帰ってきたようで本当に嬉しい」と喜ぶ。
「弥生は15歳くらいの少女だと思いますが、御殿に務める女性の品格は保ちつつも、十代の女性のかわいらしさですとか、最初は恥ずかしがっているのだけれど、だんだん興に乗る面白さを出したいですね。曲や歌詞、振りがとても洗練されて作られていますし、先輩方が練り上げてきた歴史の重みを感じながら勤めたいです」。
初めて演じたのは五代目菊之助を襲名した18歳のとき。「手も足も出なかった」と当時を振り返る。「その時は120%全力投球して、これ以上できませんってくらいやりましたが、後から映像で見ると“何でこんなに出来ないんだろう”って。18歳に戻ってもう一度やり直したいですね」と苦笑する。
前半と後半で対極の踊りとなるが「ふたつには共通点があって、別物ではないんですよ」と菊之助。「身体の使い方は細いか太いか、柔らかいか堅いかであって軸は同じなんです。そうした違いはそれぞれに面白さがあってやりがいがありますね」。衣裳や化粧も大切だと話す。「獅子の毛であったり、隈取りであったり、扇子や衣裳の色も先輩方が工夫されて現在の形になっています。作り上げてくださった伝統の重みを忘れないようにしなければと思います」。
次代を担う若手のひとりとして歌舞伎の魅力を伝えたいという気持ちも強い。「新しいお客様が増えているとは聞いていて、ありがたいかぎりです。舞踊は言葉でなく見ているだけで何を表現しているのかわかるところが魅力です。二枚扇となって花を表現したりですとか、情景を想像してご覧いただければと思います。俳優の身体を通して時間と空間をお客様と共有させていただく、そこが舞踊の醍醐味です」。
菊之助はほかに昼の部「勧進帳」の富樫左衛門を演じる。公演は5月1日(木)から25日(日)まで。チケットは一部を除き発売中。
起業家を中心に日本のベンチャー事業や振興政策に関わるキーパーソンが集うカンファレンスイベント「G1ベンチャー」が4月29日に開催された。同日は起業家のほか、ベンチャー経営に関わる学者、政治家、官僚など約170人が集まった。
プログラムの最後のセッションである「起業家が生み出すイノベーションが世界を変える」では、インターネット産業の黎明期から市場を牽引してきた経営者たちと、国のあり方を考える国会議員が徹底的に議論した。ディスカッションには、GMOインターネット代表取締役社長の熊谷正寿氏、ディー・エヌ・エー創業者の南場智子氏、サイバーエージェント代表取締役社長の藤田晋氏、そして衆議院議員内閣府大臣政務官の小泉進次郎氏の4人が参加。グロービス経営大学院学長の堀 義人氏がモデレータを務めた。
議論の発端は、小泉氏のある発言だった。「“イノベーション”を日本語に訳すと何になるのか。一番多い意見が“技術革新”だと思うが、テクノロジだけでなくアイデアやサービスにもイノベーションがあるのではないか。イノベーションは“創意工夫”によって誰にでも生み出せるものだということを日本中に浸透させるのが、私の理想だ」(小泉氏)。
この小泉氏の投げかけに応える形で、南場氏はアイデアがイノベーションになった事例を挙げた。「ビデオカメラを例に出すと、日本メーカーのお家芸だった市場は右肩下がりで衰退したが、近年市場は急回復している。実はこの急回復の原動力は革新的な技術の進歩ではなく、アクションカメラという欧米から流行したアイデア商品だった。結果的に、性能の向上や新たな技術の開発を続けてきた結果、シンプルなアイデアに負けたのだ」(南場氏)。
カメラそのものに革新が起きたのではなく、それを頭に着けたり車やバイクに載せたりといった“利用シーン”を考案し製品を最適化させたことで、新たな市場を生み出した。アイデアが既存の停滞市場にイノベーションをもたらした好例だ。「アイデアひとつで世の中が変わる。いまはアイデアが技術を追求してきた企業をまくる時代だ。技術にこだわるのではなく、アイデアでユーザーに寄り添うことでイノベーションは生まれるのではないか」と南場氏は語った。
一方、小泉氏や南場氏とは異なる立場でイノベーションを捉えているのが、藤田氏と熊谷氏だ。藤田氏は、「イノベーションの意味が“創意工夫”だったら平和でいい」と切り出したうえで、実際には“何かを生み出すことで、何かがいらなくなること”がイノベーションではないかと指摘する。既存の価値観や製品、企業を打ち負かしてこそ、イノベーションを提供する企業や製品が市場で大きな地位を生み出すという考え方だ。熊谷氏もイノベーションを「創造的破壊であり、ビジネスは戦だ」と同調した。
さらに、藤田氏は「日本では既得権益の抵抗がものすごい。今までは既得権益の弱い分野、新たなニーズを生み出す分野で挑戦してきたが、これからは既存の産業に挑戦する事業に参入しなければならない」と、今後の市場環境に対して大きな課題を挙げた。既得権益への挑戦はそれ自体が経営リスクになることもあり、どのような既存産業に参入するかを見極める重要性を指摘した。
10年、20年後に生まれるイノベーションは?
パネルディスカッションでは「今後の10年、20年で世の中にはどのようなイノベーションが生まれるか」というテーマでも各登壇者がコメントした。
藤田氏は「注目しているのは、働き方や会社のあり方の変革。クラウドファンディング、クラウドソーシングといったビジネスは今後も成長し、社会インフラのひとつになるのではないか」とコメントした。また、熊谷氏は「アップルのiWatchに代表されるように、いまシリコンバレーで行われている試みはSF映画に描かれた近未来の世界が原体験。スターウォーズやスタートレックの世界が実現する日も近いのでは」と語った。
南場氏は、イノベーションによってあえて今までの価値が再認識されるのではないかと見ている。「世の中がどんどん便利になり、どこにいても仕事ができるような世の中になったからこそ、繋がりとか人のぬくもりを求めるようになるのでは。時間を効率的に使えるようになった半面、どこにいてもニュースや仕事のチェックができる肩がこる世の中になった。便利になった結果、満たされない人間の精神的なものが求められるのでは」(南場氏)。
こうしたコメントを受けて小泉氏は、「10年後どうなっているかはわからない。わからないからこそ、国が先頭を切って規制緩和をして道筋を作らなければならない。日本に必要なのは、リスクを乗り越えられる社会を作ること。国ができる限り民間の発想を活して、民間が挑戦できる社会、そこから生まれた産業が成長できる環境を作ることが重要だ」と語った。
2月、PC事業売却を決断したソニーですが、投資ファンドの出資の受けVAIOブランドはVAIO株式会社としてスタートを切ります。既報の通り、ソニーは2014年春モデルのVAIOをもってPC事業から撤退するものの、アフターサービスは継続する計画です。
7月、VAIO株式会社誕生。ソニーのVAIOブランドはVAIOのVAIOブランドに
VAIOブランドの新会社は、これ以上ないぐらい直球な「VAIO株式会社」に決まりました。社長にはソニーのVAIO&Mobile事業本部の経営企画部門の関取高行氏が就き、これまでVAIO事業を担当していた赤羽良介氏も新会社に移ります。
資本金は10億円で、資本比率は日本産業パートナーズの投資ファンドが95%、ソニー5%。開発製造拠点はこれまで通り、長野県安曇野市の「VAIOの里」、ソニーイーエムシーエスの長野テクノロジーサイトに置かれます。従業員数は240名。当初、250~300名規模で操業する計画だったので、転籍や早期退職者が想定よりも若干多かったのかもしれません。
ちなみに今回発表のあった内容は、ほぼ2月の発表通りの内容となっています。2013年度の決算説明会において立ち上げ初期はソニーから5%出資するとしており、資本比率も計画通りです。
ソニーの平井社長は、VAIOブランドの売却について、PC事業の縮小とタブレット市場の拡大を理由に挙げているほか、市場の縮小による競争激化も要因としています。決算説明会では、研究開発費用について「願わくば、自由闊達になんでもどうぞ、と言いたいところだが、いまはそんな時代ではないので」と語っており、ソニーにとってターニングポイントであることをうかがわせました。
このほかソニーは、5月1日に2013年度の業績見通しを修正。PC事業売却後の販売見込みが2月の予想を下回ったとして、300億円の追加費用を計上。海外ディスク製造事業の約250億円の減損などをかんがみて、2013年度の純利益(連結)を当初の1100億円の赤字から、1300億円の赤字としています。ただし、ソニーでは今回の追加費用は前倒しであるため、2014年度にかかる費用は減少すると案内しています。