
江戸時代から戦後にかけて島根県隠岐の島町に住む漁師たちは当時「メチ」と呼ばれたニホンアシカやアワビ、サザエを求めて竹島に向かった。昭和29年6月、韓国政府は竹島に武装した海洋警備隊を上陸させた。不法占拠から60年目を迎える今日も武装要員は居座り続け、竹島と同島周辺12カイリ(約22・2キロ)は日本の漁船が近づけないままとなっている。竹島での漁業に携わった漁師のほとんどが鬼籍に入るなかで一人の女性が遺志を受け継ぎ、地道な活動を続けている。
女性は隠岐の島町に住む元小学校教諭、杉原由美子さん(70)。明治期から昭和にかけて、竹島での漁業の拠点になっていた久見地区に生まれ育った。
東京・多摩地域の小学校教諭として勤務した後、6年前に故郷へ戻った。当時、島根県竹島問題研究顧問だった杉原隆さん(75)から昭和24年に亡くなった祖父・八幡長四郎さんの遺言を聞き、「何かしなくては。絵本で子供たちに竹島のことを知ってもらいたいという思いに駆られた」という。
長四郎さんの遺言は「三家代々受け継いできた竹島の漁業が再び日本人の手に返る時が来たなら、必ず残るものの手で、竹島を乱獲から守るため漁業権を獲得してもらいたい」というものだった。
長四郎さんは戦前、久見地区にあった「竹島漁猟合資会社」の代表だったが、晩年は連合国軍総司令部(GHQ)が設定した通称・マッカーサーラインにより、竹島には日本漁船が近づけない状態となっていた。竹島で漁が再開できると信じていた長四郎さんは、周囲の漁師たちに遺言として、竹島での漁業の将来像を伝えていたのだ。
また、久見地区の集会所で行われた竹島問題を考える集いで、住民の多くが竹島での漁業について、祖父母の世代や親、親戚から聞いた証言を覚えていたことを知り、「これを活かさなければ」と行動を起こした。
平成23年冬、杉原さんは久見地区に住む20人以上の住民を訪ね、動物園へ高値で卸して潤った地区の思い出や漁業の様子の聞き取りを始めた。時代が過ぎ、すでに竹島で直接操業した人はいなくなっていたが、親戚や親から聞いた断片的な証言の数々をつなぎ合わせ、絵本の原作を執筆していった。
そして地元出身のデザイナーに作画を頼み、25年2月に自費出版で絵本「メチのいた島」を完成させた。
「メチって知っていますか?」「メチはとっても賢くて、家に帰ろうとしてもついてきたんだよ」-。
杉原さんは絵本を紙芝居の仕様に拡大し、地元の小学校で読み聞かせをした。「じいさんから『先祖がアシカ採りに行ってた』と聞き、嘘かと思っていたけど、本当だったんだ」。参加した小学生の一人はこう言って、目を輝かせていたという。
50部ほど刷った絵本は島根県内を中心に評判となり、多くの人から「読んでみたい」という声が集まった。これに地元新聞社が応えて紙面連載され、発行も決まった。
関東地方に記録的な寒波が襲い、東京・多摩地方は30センチを超える積雪があった今年2月15日。杉原さんは風邪で熱もあったが、立川市内のホテルから雪をかきわけながら、かつて勤務していた小学校を目指していた。夢だった東京での読み聞かせの集いが迫っていたからだ。
「タクシーをいくら呼んでも電話すらつながらない。もう無我夢中で歩いた」。1時間も雪に埋もれた道を元同僚と急ぎ足で歩いた。何とかたどり着いた小学校には、かつて担任した子供たちの保護者らが集まり、杉原さんの優しい語りかけに耳を傾けた。
「波の向こうで日本の竹島が、きょうも私たちを待っています」。こう最後のページを読んだ杉原さんは、思わず涙ぐんでしまった。
「メチのいた島」を読んで、竹島と隠岐とのかかわりを伝える活動は隠岐諸島の多くの小学校で実施されてきた。だが、都市部では、特に学校現場からなかなか理解が得られない。
自費出版から1年を経て、ようやく”母校”で読み聞かせが実現した。偶然の大雪に見舞われたて、来るはずだった子供たちは安全のため参加を見送った。だが、教室からは「大雪が降ったこの日に知った竹島のことは、一生忘れない」と、保護者らから声が挙がり、目頭を押さえる人も少なくなかった。
絵本は今年2月22日の「竹島の日」に、竹島をめぐる歴史や現状の解説などの資料編が追加され、3000部が発行された。
「何とか、多くの人に知ってもらいたい。学校で難しくても、図書館でできるのではないか。難しさは感じるが、糸口はあるはず」と、子供たちへの読み聞かせの機会を探っている。
杉原さんの絵本「メチのいた島」は山陰中央新報社発行、A4変型判、64ページ、本体価格1500円(税別)。注文・問い合わせは同社出版部(電話0852・32・3420)またはホームページhttp://www.sanin-chuo.co.jp/。
大手コンビニエンスストアのローソンは9日、2014年春闘の賃金交渉で、月額平均3000円のベースアップ(ベア)を実施する方針を固め、労働組合側に伝えた。同社がベアを実施するのは02年以来12年ぶり。円安の追い風を受ける電機・自動車大手に続き、小売業界にもベアの流れが広がってきた。
組合側は基本給に相当する「役割給」の1%(平均月3000円)引き上げを求めており、満額回答となる。
ローソンの14年2月期の連結営業利益は前年比5.7%増の700億円と過去最高の好決算が見込まれている。経営側は利益を従業員に還元することでやる気を引き出す。消費の活性化につなげ、安倍政権が掲げる「経済の好循環」実現への協力姿勢を示す狙いもある。
ローソンは昨年、20歳代後半から40歳代の社員を対象に、年収を3%アップさせる特別手当を支給。特に子供を持つ社員のアップ率を高くし、子育て支援を強く打ち出した。同社は特別手当の支給を継続したうえで、今年はベアによって全従業員の所得水準を底上げする。【神崎修一】
岡崎市図書館交流プラザ「りぶら」(岡崎市康生通西4)で3月1日、「デフレの正体」著者で日本総合研究所 調査部主席研究員の藻谷浩介さんが講演を行った。(岡崎経済新聞)
【画像】 力説する藻谷さん
テーマは「岡崎の地域づくりと中小企業のチャレンジ・可能性」。愛知県、岡崎市の人口ピラミッド推移を引き合いに、東京など高度経済成長期に全国から出稼ぎで多くの人が集まった地域ほど高齢者を多く抱えることを指摘した。
藻谷さんは1964(昭和39)年、山口県生まれ。東京大学を卒業後、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)に入行。NPO法人ComPus地域経営支援ネットワーク理事、DBJシンガポール・シニアアドバイザーなどを経て現在に至る。2010年6月に出版した同書は販売部数50万部を超え、「新書大賞2011」(主催:中央公論新社)2位、2010年「ベスト経済書」(主催:ダイヤモンド社)3位となるなど話題をさらった。
岡崎ビジネスサポートセンター「OKa-Biz」チーフビジネスコーディネーターの秋元祥治さんと以前から接点があり今回の講演依頼に快く承諾したという。「OKa-Biz」恒例のチャレンジセミナーとして開催したところ150人以上の来場者が集まった。岡崎市外からも地方自治体や地域振興に関わる団体職員などの来場も多かった。
人口動態に注目し、定年退職世代の激増と生産年齢人口の減少バランスを憂い、マーケットが縮小するにも関わらず価格競争しかできないようでは未来はないと説く藻谷さん。
「顧客目線に立ち、買いたいと思わせる値段以外の『言い訳』ができる商品だけが選ばれ残る」と持論を展開する。「一見、若者向けに商売をしているコンビニやファストファッションも高年者向けの商品を研究している」と話す。
藻谷さんの提唱する「里山資本主義」の説明を求められ、地域外から観光資源・特産品など稼ぐこと、稼いだお金は地域内で回すことなどと提言した。