
開場30周年を迎えた国立文楽劇場(大阪市中央区)の4月公演(27日まで)がにぎわっている。お目当ては、人形浄瑠璃文楽の太夫(浄瑠璃語り)の最高峰で、人間国宝の竹本住大夫(すみたゆう)さん(89)。5月の東京での公演を最後に引退することを決めており、大阪では最後の舞台だからだ。上方(大阪)発祥の伝統文化である文楽にとって、長年にわたって牽引(けんいん)してきた第一人者がいなくなることも一大事だが、それよりも深刻な問題に直面している。
発端は大阪市の橋下徹市長が「文化についても努力に応じて助成することを基本にしたい」として文楽協会への補助金の見直しを表明したことだ。平成25年度から文楽劇場の観客数によって補助金額を増減させるインセンティブ方式が導入された。満額の補助金(3900万円)を受給するために必要な観客は10万5千人以上。しかし、結果は10万1204人にとどまり、補助金は700万円以上減額されてしまった。
◆厳しさが変えた
文楽だけでなく、大阪市音楽団を民営化するなど、橋下市長は文化に対しては、一貫して「自立」を求めている。橋下市長は、一昨年に文楽を観劇した際に「人形劇なのに(人形遣いの)顔が見えるのは腑に落ちない」「演出をもっと工夫すべき」などと発言した。こうした橋下市長の姿勢については「文化に対して無理解」という批判も確かにある。だが、一方で、保護されるのが当たり前だと思っていた感のある文化団体などに、こうした厳しさが気づかせてくれたことも多かったのではないだろうか。
補助金削減問題に直面するまで、活発な動きを見せていなかった文楽協会にも変化が生まれた。平成25年度は大阪空港ロビーや泉佐野市の酒蔵などで協会主催のミニ公演を計9回開催。さらに阪急百貨店の祝祭広場やクリスタ長堀でもPRキャンペーンを行った。問題前は一度もなかったことであり、“生き残り”をかけて試行錯誤を繰り返している。
他の文化団体も新たな取り組みを始めている。
「団体がやるべきことをやってこなかった面があり、橋下市長の問題提起は評価する」
こう話すのは、大阪を拠点とするバロック音楽専門の室内楽団「日本テレマン協会」の中野順哉代表だ。
「文化は保護されるだけの存在ではなく、地域社会にも貢献できるはず」という言葉を実証するように、音楽がもたらす共感を糸口にコミュニティー再生を図ろうと、ベッドタウンでの無料コンサートに乗り出している。
大阪のイメージアップにつなげようと、米国やドイツなど在阪の領事館の協力も得て領事公邸などでサロンコンサートを開き、文化を通じた国際交流にも取り組み始めた。
中野代表は「(文化団体も)従来型の発想では生き残れないのでは。文化だけが持つ力をもっと生かしていきたい」と話す。
◆経済にも不可欠
大阪の文化を支えようという動きは経済界からも出てきた。
民間からの寄付金をもとに関西の芸術・文化活動を支援する「アーツサポート関西」(ASK)が今月設立された。代表発起人の一人でASKの運営委員長を務める、関西経済同友会の鳥井信吾・代表幹事(サントリーホールディングス副社長)は「企業家は文化にも造詣が深かったが、バブル崩壊のころから、文化や教養を語れば変わったふうに見られ口にしなくなった。経済と文化にとって『失われた25年』だった」と話す。
さらに鳥井代表幹事は「経済にとっても文化が不可欠だ」と指摘する。これまで技術者には専門知識だけが必要だったが、今は専門知識とともに教養と感性が求められており、文化こそが関西を成長させる起爆剤だという。
「かつて『たにまち』と呼ばれる町衆が、自らの趣味や使命感で文化をサポートしていたのが大阪。そんな歴史を持つ大阪から始めたい」(鳥井代表幹事)。そう、“お上(かみ)”なんかに頼っていては、大阪の街を築いてきた町衆の名折れである。それぞれが何かできることを探すべきだろう。
関西財界トップが先頭に立っていただけるのは心強い。そこで在阪の企業にお願いしたいことがある。大阪の企業が海外からきた顧客や取引先を歓迎する際は、単にホテルなどでパーティーを開くだけではなく、少し日程に余裕を持たせて文楽やコンサートを観賞してもらい、大阪の「文化力」をアピールしてもらうことはできないか。
もちろん、われわれも仕事帰りに居酒屋で憂さを晴らすばかりではなく、月1回ぐらいは劇場などに足を運べば、大阪はもっと魅力的な街になるはずだ。(佐藤泰博)