
理化学研究所は3月14日、所属する小保方晴子氏などの研究グループが英科学誌「Nature」に発表した「STAP細胞」の論文に不自然な点が相次いで報告されている問題で、調査委員会による中間報告を発表した。指摘された6点のうち2点は「不正に当たらない」と判断したが、残り4点は「現段階では完全にねつ造とはいえないが、継続調査が必要」とし、調査を続けている。
同日、都内で会見した理研の野依良治理事長は「世間の多くのみなさまにご迷惑、ご心配おかけしたことをお詫びしたい」と陳謝。「未熟な研究者が、膨大なデータをずさん、無責任に扱い、本来あるべきでないミスが起きた」との見方を示し、研究所での倫理教育などを見直したいと話した。
Natureに掲載された2本の論文については、理研発生・再生科学総合研究センター(理研CDB)の小保方ユニットリーダー、笹井芳樹副センター長、丹羽仁史プロジェクトリーダーの3著者は撤回に同意しており、ハーバード大学のチャールズ・バカンティ教授をはじめとしたほかの共同著者に対しても、撤回を呼びかけているという。
相次ぐ指摘を受け、STAP細胞の実在そのものが疑われる事態にまで発展している。調査委の石井俊輔委員長(理研上席研究員)は、「調査委は不正があったかどうかを調べるの役割で、科学的な検証はミッションを超えている」とし、STAP細胞の存在そのものについては科学者コミュニティー間での検証にゆだねている。
●2点は「不正に当たらない」 マウスの胎盤画像のかぶりなど
理研は1月29日にSTAP細胞に関するニュースリリースを発表し、記者会見を実施。翌30日に論文がNatureに掲載された。論文に関する疑いが理研の窓口に通報されたのは2月13日。予備調査を経て18日、調査委を設置した。
調査対象は、理研CDBの小保方氏、笹井氏、丹羽氏と、以前理研CDBに所属し、現在は山梨大学教授の若山照彦氏。調査は各人に対して面談やテレビ会議などで数回行っており、小保方氏に対する調査は、面談1回、テレビ会議2回の計3回行ったという。調査対象者は4人とも、調査に協力的だという。
調査対象となった疑義は6点。このうち、(1)Nature論文1の色つきの細胞の写真(Figure 1fのd2、d3)がゆがんで見える点と、(2)Nature論文2で、STAP細胞から作成したキメラマウスの胎盤の蛍光画像(Figure 1b)と酷似した画像が別の場所にも掲載されている(Figure.2g)点――については、「不正には当たらない」と判断した。
(1)については、Natureに掲載されたものはゆがんで見えるが、元画像にはゆがみがなかったという。調査の結果、画像を処理するコンピュータや解像度の違いによってゆがみが出ることが分かり、Natureが掲載のためにデータの解像度を下げ、JPEGなどに圧縮したことで生じたブロックノイズがゆがみの原因になった、と結論した。
(2)については、画像の削除し忘れミスだったという結論だ。2つの画像はいずれも、STAP細胞から作成したキメラマウスの胎児画像を若山氏が異なる角度から撮影し、小保方氏に提供したもの。当初は、ほかの画像との比較対象として、Figure.2gの画像とその説明も、論文に入れる予定だったという。
だが若山氏の構想が変わり、Figure.2gの画像は不要になった(論文の本文中にもFigure.2gについての言及はない)が、画像を削除し忘れたまま投稿してしまったという。調査委はこの説明に「一定の論理性がある」と判断し、不正とは認められないとした。
●博士論文画像の流用は「画像取り違え」と説明
一方、継続調査が必要とした問題点は4点ある。そのうちの1つは「脾臓の造血系細胞から作成したSTAP細胞」としてNature論文に掲載されていた画像が、小保方氏が早稲田大学に提出した博士論文に掲載された画像と酷似していた問題だ。調査委は両方の画像について、「われわれが見る限り、同じものである」と認めた。
「脾臓の造血系細胞から作成したSTAP細胞」の画像については、調査の早い段階で小保方・笹井両氏から「骨髄由来のSTAP細胞の画像を間違って掲載してしまったので差し替えたい」との申し出があり、調査委は差し替え用の画像を受け取っているという。取り違えた理由は、脾臓と骨髄をともに「hemato」(hematopoietic)とラベリングしていたためと説明。ただ、画像が早大の博士論文に掲載した画像と同じとの説明はなかったという。
また、Nature論文に掲載したSTAP細胞画像は「酸処理で作成した」と説明していたが、博士論文では、細いピペットを通過させるという機械的な刺激で作ったSTAP細胞(当時は「STAP細胞」という名称はなく、「スフェア」と呼ばれていた)であり、作成方法は異なっていた。
調査委はこうした画像の取り違えは不自然と見て、引き続き調査する。
●電気泳動画像の切り貼りは認める 「やってはいけないと知らなかった」
論文1「Figure 1i」の電気泳動の画像についても、3番目のレーンのコントラストがほかの画像と明らかに異なっており、画像を切り貼りしているのではという指摘がある。
小保方氏は調査委に対し「画像を切り貼りした」と説明。3番目のレーンのリンパ球バンドが薄かったため、電気泳動の時間が異なる別のジェルで流したレーンを切り貼りして挿入し、電気泳動の時間を合わせるために縦方向に引き延ばしたと説明したという。
調査委が小保方氏の説明通りにやってみたところ、小保方氏が作成した画像からは少しずれたという。ずれについて小保方氏に尋ねると「自分でも分からない」と回答。調査委は引き続き調査している。
小保方氏は、電気泳動画像の切り貼りについて「やってはいけないことだという認識がなかった、申し訳ありません」と話していたという。「切り貼りに抵抗がないのか、倫理観を学ぶ機会がなかったのか……」(石井氏)
●文章コピペ疑惑 小保方氏「自分が書いたが、参考元はよく覚えていない」
論文1「Method」の核型解析に関する記載で、他人の論文をほぼ丸ごとコピーした疑いのある部分について、調査委は「コピーであることが間違いないと確認した」という。小保方氏は「自分が書いた」としており、核型解析について詳しい文献を参考にしたが、引用の記載を忘れ、文章をどこから取ってきたかも「よく覚えていない」と話したという。
この文章の前半は小保方氏による実験、後半は若山研スタッフによる実験について説明しているが、後半の実験は記載内容とは異なっていた。若山氏は「小保方氏は実験の方法をよく把握しておらず、思い込んで書いたのだろう」と推測。調査委はこれらの問題についても調査を続ける。
また、同じ「Methond」の「Bisulphite sequencing」にも他論文と似た記述があったが、「こういった実験では通常よく使う方法で、誰が書いてもほぼ同じ文章になる」(石井氏)ため、「剽窃や盗作には当たらないと判断した」としている。
●「論文の体をなさない」 撤回すすめた決定打
疑惑が報じられた当初の段階で理研は「科学的事実に揺るぎはない」とコメントしていたが、「少し楽観的に見ていた嫌いがあることは否めない」と研究担当理事の川合眞紀氏は反省する。
竹市雅俊CDBセンター長が同センターの3人に対し論文の撤回をすすめた決定打となったのは、小保方氏の博士論文の画像がNature論文に流用されていた事実だ。「完全に不適切な図表で、論文の体をなさない、論文として存在すべきでないと判断した」という。
撤回を求めた際、小保方氏は「心身とも相当消耗した状態」(竹市氏)で、「はい」と答えてうなずいたという。
●「未熟な研究者による、極めてずさんなデータ管理」と野依氏
論文の主だった部分の作成は、小保方氏と笹井氏の共同作業だったという。小保方氏は「Nature論文には経験不足」(石井氏)として論文の流れなどは笹井氏が指導。画像の管理などは小保方氏が行っており、疑惑が持ち上がっているのは「小保方氏が管理していた画像で、論文作成を笹井氏が指導したところ」(石井氏)だ。
他論文から明記なく引用したり、誤った画像を載せて気づかないといったことは「科学者の常識から考えると、少し常道を逸している」(川合氏)。電気泳動画像を切り貼りしたことは「研究者倫理に沿っておらず、倫理的には正しくないデータ処理」(同)だ。
小保方氏は「科学者としては非常に未熟な状態」だと竹市氏は言う。「未熟な研究者が膨大な実験データを集積しながら、無責任・ずさんに扱った。本来あるべきでないことが起きた」と野依理事長は話す。
小保方氏がユニットリーダーに就任した背景について、竹市氏は「過去の調査が不十分だった」と反省する。小保方氏は「STAP細胞の研究にインパクトを感じて」(竹市氏)公募で採用され、研究費1000万円と人件費1000万円を任されていたという。
「チーム間の連携に不備があった」(野依理事長)とも。今回の研究には4チーム・14人が関わっている。「伝統的な科学研究の多くは、比較的狭い分野別に、単一の研究グループで行われていたが、今はネットワーク型の知識時代で、先端的研究は分野横断的に行われるようになっている。自立した研究者の相互の信頼とともに個々のグループの確実な実験結果を統合し、全体の正当性を検証するプロセスを可能にする責任者が必要だ」と野依理事長は指摘する。
理研の研究者が論文を投稿したり学会発表する際は、所属長の許可を得た上で行うが、「全部の論文を隅々まで見ているかというとケースバイケース」(川合氏)。投稿時は、共著者全員で中身を検証するのが「常識」だが、「今回はそれがなされていたとは言い切れない」ため、「常識と思っていたことも含め、理研の中で確認をとっていく」(同)。一方で「発想の自由度は担保しないと新しい科学は生まれない」のも事実。「自由度と、間違いがないようにする体制とのバランスで管理したい」(同)。
●STAP細胞の実在は
STAP細胞そのものの実在についても疑われる事態だが、「STAPがあったかどうか、作れるかどうかは、調査委が扱う範囲を大きく超えている」(石井氏)とし、「科学者コミュニティーで決着を付けるべき」とする。
第三者による再現実験では、実験の初期工程である「Oct4発光」を確認したという報告があるが、全工程の再現に成功したという報告はない。今後は、研究チームの丹羽氏が全工程の再現実験を行うほか、理研はより詳細なプロトコルなどを公開し、科学者コミュニティーに対して追試を呼びかけていく。
また、Nature論文と、その後発表したプロトコルとで重要な部分が異なっている点については「著者が説明文書を作成している」(竹市氏)が、論文の撤回という問題が生じているため、「どう発表するかはまだ決まっていない」という。
論文内でSTAP細胞とされたものは混入したES細胞だったのではないかという指摘もある。「指摘は認識しているが、素人ではなかなか判断できない」(石井氏)とし、今後、調査の対象するかを含めて検討していく。
●小保方氏は「研究ができる精神状態ではない」
STAP研究チームは調査に協力的で、調査委が求めたデータなどは速やかに提出しているため、「証拠隠滅の恐れはない」としてラボのロックアウトなどは行っていない。ただ、「小保方氏は研究ができる精神状態ではない」ため、研究は事実上ストップした状態。3回目のヒアリング時には相当疲弊しており、「今週初めごろから小保方氏の精神状態があまり良くないと聞いている」(川合氏)ため、ヒアリングは中断している。
小保方氏からは「申し訳ないという言葉、反省しているという言葉を繰り返し聞いている」(竹市氏)という。また、「自分の気持ちをみなさんに申し上げたい」とも話しているという。
マスコミが取り上げている博士論文について、小保方氏が「下書き段階のもの」と説明したという一部報道について、理研側は会見時点では未確認とした。調査委は早大から博士論文の正本を提供されているという。
●継続調査へ
調査委はさらに調べを進め、最終報告をまとめる。不正が認められた場合、理研の規定にもとづき厳正に処分を行うとしている。また、調査が終わり次第、研究者本人による記者会見も開く意向だ。
最終報告をまとめるには「関係する実験ノートや書類、サンプルの写真含めて生データを取り寄せて解析する必要があり、ある程度の時間かかる」(石井氏)とし、時期のめどなどは示さなかった。