
漫才ブームに沸いた80年代初め、若手芸人が次々と現れてはバラエティー番組をにぎわせた。そうした中、特異な芸風で人気だったのが九十九一(つくもはじめ)さん(61)だ。“シュールな笑い”と呼ばれ、アナーキーなセンスでたけしやタモリをしばしば食った。最近はサッパリ姿を見ない。今どうしているのか。
「ボクがいる事務所に若手育成を目的としたワークショップがあって、きょうはその日なんですわ。対象は事務所に所属する役者や声優、それとアナウンサーを目指してる若い人たちで、それらの仕事に不可欠な想像力や発想力を養ってもらおうってわけでして」
渋谷区代々木にある国立オリンピック記念青少年センターの喫茶店で会った九十九さん、まずはこういった。
“九十九教室”はセンター内のカルチャー棟で毎月1回開かれ、生徒は13人。「評判はけっこういいようですな」とは照れくさそうな本人の弁だ。
■昨年は舞台や映画に出演
「自分の仕事としては去年12月15日、16年ぶりのピンライブをお台場でやり、12月26日から28日にかけ、銀座みゆき館劇場であった『OH!MyGod!』ってコメディーショーに出演しました。あと、映画が2本ありましたな。1本は公開済みの『凶悪』でワルの手先役。もう1本はこれから公開の『残波~ZAMPA~』っちゅう映画で、こっちは政府の密使役でしたわ。今年? 予定はまだな~んも入ってません。そんなんで今は“主夫”してます」
九十九さんはバツイチ。声優の住友優子さんと再婚し、10歳になる男の子がいる。
「ご覧の通りの白い頭でしょ。授業参観でオジイちゃんに間違えられます、ハハハ」
さて、大阪市出身の九十九さんは24歳で芸人デビュー。漫談で舞台に立ち、DJでも活躍していたが、27歳のときに上京。81年、若手芸人が覇を競う「お笑いスター誕生!!」に出場し、“シュールな笑い”と評された話芸でグランプリを獲得した。
「漫談でもなくコントでもなく、芝居仕立てのショートストーリーで笑いを取るんですわ。それがどこまで東京で通用するかを腕試ししたところ、あれよあれよという間に10週勝ち抜き。それをきっかけに声がかかるまま、当時のバラエティーにほとんど出たんとちゃうかな」
■当時のバラエティー“総ナメ”後…
しかし、超売れっ子だった九十九さんはやがてバラエティー番組から姿を消した。
「バラエティーに芸は必要なかったんですな。慣れるに従ってそれに気づき、やがては違和感を持つようになり、ついにこれはアカンとなった。最後のバラエティーは『今夜は最高!』。あんまりアホらしゅうて途中降板し、バラエティーから完全撤退しました」
九十九さんは12年ほど前も、「プロデューサーが使いやすいタレントを使いまくって、低級なギャグで笑いを強制してる」とバラエティー番組をぶった斬っていた。よほど腹に据えかねたのだろう。
さて、その後は映画やドラマに出演する一方、笑いの舞台を数多く手がけていた。観客参加型の「ミステリーナイト」なる謎解きイベントを20年余続け、また「九十九夜一夜物語」を8年、さらに4年前にスタートした舞台「つくもっちんぐ」も半年に1回のペースで続けている。すべて九十九さんが脚本を書き、演出、出演もという趣向だ。
「そろそろ次回の『つくもっちんぐ』を、って思ってるんやけど、やるからには前回をしのぐネタじゃなければならん。これがけっこうキツいんですわ。もうしばらく“主夫”が続くんかなあ」