
1893年にアメリカのウェスティングハウスがモーターにスクリューを取り付けて回すことから始まった扇風機。その1年後の1894年、この日本でも“国産第一号機”となる扇風機を芝浦製作所(現・東芝)が開発する。それから約100年以上、約一世紀もの間、さまざまなメーカーが扇風機を生み出したにも関わらず、基本構造は一切変わらなかった。だが、それらの扇風機は決して完成しているものではなく、むしろ“風に当たり続ける”ことで疲労感を覚えるような未完成だったものを人間が受け入れている図式だった。
【画像:2012年に発売された卓上タイプ「GreenFan mini」】
一方、2010年にバルミューダ(当時はバルミューダデザイン)が、それまでこれ以上の進化は望めないと思われていた扇風機をもう一度見つめ直し、風の質を根本からデザインし直したことで、“心地良い自然の風”を吹かせる初代「GreenFan」の開発に成功。それが市場で圧倒的な評価を受け、当時3万3800円という、扇風機としては高価格だったにも関わらず、初年度で1万2000台もの販売を記録。他社をフォロワーとして牽引するとともに、高級扇風機市場を作り出した。
寺尾氏は、当時のことをこう振り返る。
「従来の扇風機は、風が人工的なので、結局、長くあたり続けられず、首振り機能を使わざるを得ませんでした。そうすると、風が届くのが一瞬になってしまい、結局涼しさを得ようとしても得続けることはできません。そこで私たちは、風を使って、最終的に“理想的な涼しさ”を提供しなければいけないと思いました」(寺尾氏)。
では、涼しくて良い風とはどのような風か。当時、多くの人に“自然の風と扇風機の風どっちが気持ちいい?”と質問したところ、例外なく“自然の風”という答が返ってきたという。「ということは、扇風機から自然の風が出てくればいいのではないのかと気づいたわけです」(同氏)。
涼しさを得るのならエアコンのが手っ取り早いじゃないか、という人もいるかもしれない。「確かにその通りですが、今後はエネルギーの調達が困難になる時代がくるかも知れません。その時、エアコンよりも省電力で自然な涼しさが得られる扇風機のほうがメリットは大きいと思ったのです。現在でも先進国以外では、エアコンを使えないという地域がほとんど。世界の多くの人たちが同じ理由で困っているのであれば、それを解決する1個の機械を作れば、皆に必要とされて多くの人に使ってもらえるでしょう」。
ビジネスモデルとしても非常に分かりやすい。寺尾氏は、戦後の日本がそうだったように、洗濯機やテレビなど「皆が必要とするもの」を作っていたことが、今の大手と呼ばれるメーカーの礎になっていると指摘する。そして扇風機に目を付けた理由もシンプルだ。「“暑い”や“寒い”なら、親しみもあり、誰でも理解できます。非常にシンプルな感覚で、逆に“不快である”と感じるのなら、実は大勢の人が不快と感じている証拠。それを解決する製品を作ろうと思いました」。
2010年の初代機発売後も「GreenFan」シリーズは進化を続け、2011年にはサーキュレーターの「GreenFan Cirq」、そして、風の質をさらに高めた「GreenFan2」、2012年には卓上タイプと小型ながらも“モバイル性能”まで追加した「GreenFan mini」と、相次いでラインアップを拡充。そして2014年には、それらのすべての進化を凝縮させるとともに、山形県米沢市の工場で生産される“Made in Japan”モデル「GreenFan Japan」が発売された。
●バルミューダの特許技術「グリーンファンテクノロジー」
バルミューダがこれまで“心地良い自然の風”を再現するために採用した、もっとも革新性の高い要素は以下の2点だ。
・それまで主流だったAC(交流)モーターではなく、回転数を細かく制御できるDC(直流)モーターを採用した
・既成品の羽根をそのまま使うのではなく、独自で二重構造の羽根を開発した
まずはDCモーターを採用することで、一般的な扇風機の毎分600回転に対し、最弱運転時では毎分250回転という超低回転を実現。省電力かつ無音に近い形で、従来機では実現できなかったより優しい風を吹かせるための基礎体力を身につけた。さらに、二重構造の羽根を使った独自の特許技術「グリーンファンテクノロジー」で目的を達成する。
「グリーンファンテクノロジー」では、独自に開発した内側と外側それぞれに配置した二重構造の羽根で、外側からは速い風を、内側からは遅い風を送り出す。内側の羽根の前方では空気が薄くなり(気圧の低い状態に)、外側の風が内側へと自然と引っ張り込まれる。内側と外側の風が衝突すると扇風機特有の風の渦成分がなくなり、その後は“面”で移動する空気の流れへと生まれ変わるという仕組みだ。これにより、大きく広がりゆっくりと進む、“心地良い自然の風”を再現できる。
とはいえ、この「グリーンファンテクノロジー」は、初代「GreenFan」時点で開発されたものであり、DCモーターを採用することはもちろん、特に羽根の形状にいたっては、「GreenFan Japan」の発売に至るこの4年間、一切変えていない。一般的に家電の世界において4年間、ひとつの肝となるパーツの進化が止まっているというのは非常に珍しいことだが、それについて、寺尾氏ははっきりと語る。
「これまでも羽根の枚数を変えたり、角度や奥行きを変えたり、素材を変えてみたり……と、あらゆるチャレンジをしてきました。それは、われわれも今の『グリーンファンテクノロジー』がベストだとは思っていないからです。例えば風が届く距離がもっと伸びないか? 人が感じる心地良さをさらに高めることができないか? 初代からずっとトライ&エラーを繰り返してきました。でも、今の羽根以上に良い結果を出すことができなかったのです」。
つまり、最初から羽根の形状を変える意志がなかったのではなく、さまざまな検証を行っても、初代から続く羽根がベストだったということだ。「この初代『GreenFan』の二重構造の羽根というのは、“奇跡の羽根”だと思います。ものすごい黄金比というか、バランスが保たれていて、少しでも手を施そうとすると、風の質が悪くなってしまう。例えば、風速が落ちたり、音が大きくなったり、距離が届かなくなったりしてしまいます」という寺尾氏。「メーカーでありながら、こんな表現をすると“技術がない”と勘違いされるかもしれませんが」と笑った。
●究極の“心地良い自然の風”を求めて
根幹となる技術は変えない一方、風の質はというと、新しい「GreenFan Japan」でしっかりと変えてきている。“心地良い自然の風”は前モデル「GreenFan2」が10メートルだったのに対し、最大15メートルという距離まで届くように進化させながら、その音は前モデル同様に最小13dBと、「蝶2匹の羽音と同じレベル」までの静音化に成功している。DCモーターや羽根の形状という「GreenFan」シリーズの根幹となるパーツを変えるのではなく、どうやってその風の質を高めたのだろうか?
「扇風機の風に影響のあるパーツとして、モーターと羽根以外に、羽根を囲むガードも挙げられます。これらを改良することで、今回風のエネルギー効率をさらに高めました。羽根とフロントガードの距離やバックガードの距離を変えることで、風はすごく変わるんです。それらを0.5ミリ単位でいくつも組み合わせを試しては、すべてデータを取り体感試験も行いました。それこそ、さっき説明した改良しようとした羽根との組み合わせもありますから、そこだけで何十というパターンを試してみて。さらにデザイナーたちにも、こんな形にしたいというそれぞれの想いもあるので、その形状を加えながらも、しっかりと風の質や性能が担保されているか、綿密な実験に実験を重ねながら調整を加えていきました」(寺尾氏)。
そうした努力の結果、新製品の「GreenFan Japan」は、最大15メートルという距離まで“心地良い自然の風”を届けることができるようになった。「一般的なリビングルームであれば、隅々にまで風を送り届けることができるでしょう」(同氏)。
動作音についても、辿り着くまでにはさまざまな工夫があったようだ。「13dBという音は、生活圏において、人間の耳にはほぼ入って来ないレベルの音ですが、その音さえも、フロントガードやバックガードと羽根の距離で変わってしまうので、風の質とともにこだわりました。風の質的には良くても、音の質が良くなかったり、それ以下の音にできたけど、風が良くないと却下したような組み合わせも実際にありましたが、とにかく風の質と音の最適なバランスを追求したのが『GreenFan Japan』なのです」。
このように、気が遠くなるような地道な作業を、時間を掛けて繰り返すことで生み出された究極の“心地良い自然の風”。おそらくこれほど扇風機を追求して、綿密に作り上げているメーカーは、世界中探しても見つけることは難しいだろう。だが、風の良さを追求した点は、実はこれだけではないと寺尾氏は話す。
バルミューダの「GreenFan」シリーズは、他の扇風機と比べても、パッと見で、非常にデザインがスタイリッシュであることが分かるが、特に最新モデル「GreenFan Japan」はその傾向が強い。これは寺尾氏自らデザインディレクターを務めると同時に、実はアウディの「Q7」「A5」などをデザインした世界的なカーデザイナー&プロダクトデザイナーの和田智氏が、社外のデザインディレクターとして参加しているからだ。そのデザインも、実は風の質に大きく関係している。
「デザインの話をすると“見た目の良さ”だけに特化されがちですが、実は風の良さにも確実に関係しています。視覚は人間にとって大きなインプットデバイスであり、人は目から多くの情報を得て生きています。例えば、同じ“心地良い自然の風”が、汚いところから吹いてくるか、きれいなところから吹いてくるかで、その感じる快適さは大きく違うでしょう。だから、われわれはデザインも決して手を抜きません。それはパーツのひとつひとつに至るまで同じで、そういう意味で“デザインは性能”なのです」。
そのデザインの良さを表す象徴的なパーツとして挙げられるのが、ネックのジョイント部だ。「ネックのジョイント部のパーツは、今回アルミから削り出した一体成型のパーツを使うことで、あえてカバーなどで覆わずに見せることにしました。これは、パッと見た時に、プロダクトとして、扇風機はネック部分が動くことが普通なのだから、あえてこのジョイント部は可動することを表すパーツとして見せる方が自然だと考えたからです。かといって、見せるからには、このパーツが単なるプラスチックのパーツでは、例えそれが耐久性があるものであったとしても、見た目には良くありません。そこで、あえてアルミ削りだしで制作しました」。
さらに、扇風機のネックから下へと伸びるポールについても“こだわり”があった。「実は、下に行くほどに少しずつ太くしています。これは物理的に安定感を増すという効果に加え、見た目にも同様の影響を与えます。例えば、自然に生えている木の幹というのものは、上部よりも根っこに近い下部のほうが太くなっています。そういう自然に感じられる要素もデザインとして取り込むことで、ユーザーが日常そんなことを意識しなくても安心して使えるという効果があります」。
塗装をマット(ツヤなし)にしたことも特長の1つだ。パッと見、前モデル「GreenFan2」と変わらないのでは? と思っていた人も、実際に比較してみると雰囲気に大きな違いがあることが分かる。
「GreenFan Japanではマットな塗装で硬質感のある雰囲気にガラッと変更しました。プロダクト全体を覆うプラスチック特有の軽薄さみたいなものを消し、あえて硬質な印象に振ったのは、同じ“心地良い自然の風”なら、より真面目な雰囲気のものから吹いてきたほうが、より快適に感じられるのでは? という考えです。もし、プロダクト全体が金属で覆われていたら、ここまで硬質な印象の塗装で仕上げる必要はありませんでした」。
このように隅々にまで心を配り、“心地良い自然の風”を追求しているのが、バルミューダの扇風機「GreenFan Japan」だが、これほどまでにモノ作りを追求するのはなぜか? 最後に寺尾氏にモノ作りへの思想や価値観をあらためて聞いてみた。
「家電というのは電気を使った道具であり、あらゆる道具のなかでは、どちらかというと歴史が浅いもの。だから、洗練されていない点も多く、人の暮らしに対して適合していないものも多いと思ってます。道具を作る際には、人がどこでベネフィットを感じるか、そのポイントを考えることが重要でしょう。扇風機なら、風を受けた人が涼しいと感じた瞬間こそがベネフィットポイントなのです。技術はそのためにあり、われわれが作り出す“心地良い自然の風”が重要なのではなく、人が涼しいと感じてくれることが重要なのです」。
メーカーとしては、このベネフィットを最高レベルにまで高めたい。そのためには技術もデザインも、「死ぬほど追い込まないとダメ」(寺尾氏)という。「GreenFan Japan」の場合、パーツデザインまで合算すると2000以上の案(デザインアイデア)が出され、その中から最適な組み合わせを検討したという。つまり、採用されなかった案も無数にあった。それらの失敗作があってはじめて、製品化された『GreenFan Japan』が存在するわけだ。
どうしてそこまで追求するのか? 答えはシンプルで、「追求するとやはり製品は良くなるから」という。「実は、『GreenFan Japan』の風を、より遠くに広く届けるにあたり、まだまだ解明されていない事象があります。でも遠くに広く届くという事実は間違いないので、そこについては解明されなくてもいいと思っています。なぜなら、われわれは研究者ではなくメーカーですから。それがどうしてなのかは二の次として、ベネフィットがあるのは事実なので、それでいいと思います」。
また、今回カーデザイナーの和田氏が参加したことで、気持ちの変化も多かったという。「自分たちの価値観や存在意義みたいなものが、より明確になりました。これまでは、『誰もが驚くような新しいものを』とか、革新的なアイテムを作るという意識が強く働いていましたが、和田さんからは必ずしも新しいものがいいとは限らず、『自然であるものには敵わない』『新しいものはその瞬間から古くなるけど、美しいものは100年経っても美しい』といったことも教わりました。メーカーとしては、この価値観を持って、あらゆるものを作れれば、きっとどんなジャンルのアイテムでもいいものが作れると考えています」。
バルミューダは、新製品の『GreenFan Japan』を出したことで、ひとまず扇風機は完成したと考えている。「この製品は、長い期間、大切に売って行こうと考えています。その一方、すでに次のことも考えています。白物家電には、扇風機同様、“いいものがない”というジャンルがまだまだたくさんあります。それらを1つずつ、バルミューダが変えて行きます」(寺尾氏)。
●「GreenFan Japan」試用インプレッション
普段「GreenFan mini」を使用している筆者が実際に新製品の「GreenFan Japan」を体験した。電源を入れると、一瞬のタイムラグの後、ふわっとした空気のベールが体全体を包み込むような印象だ。気持ちの良い涼しさをと同時に、その空気は柔らかいからか、数時間浴び続けても冷え過ぎるといった印象はない。その風を受けていることを忘れ、眠ってしまうほど快適だった。
「GreenFan mini」よりも羽根の径が大きい分、より体全体で包み込まれるようなイメージだ。また150度という広範囲に風を送るため、家族で過ごすリビングなどでも無理なく使えた。
オプションの専用バッテリーとドックも便利だ。バッテリーパックを本体のベース部裏側にセットすると、コードレス扇風機として利用できる。例えば充電ドックを寝室に常設しておけば、夜間はそこで充電しながら、寝ている間の涼しさをキープ。そして昼間はリビングに本体を持ち出し、コードレスで使える。バッテリー駆動時間は最大20時間。充電はドックの上に本体を置くだけでスタートするため、アダプターの線を抜き差しする手間もいらない。
[滝田勝紀,ITmedia]