
「テクノロジーが進んだら、その分、テクノロジー側が人間にあわせるべき」――これは1990年代半ば、アップルの研究所で副社長を務めていたドン・ノーマン博士も言っていたことだ。
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多くのテクノロジー企業は、デスクトップPCやノートPC、スマートフォンといった、1度作られた「型」を後追いして、その「型」の中で性能向上や機能の追加、低価格化の競争を始めてしまう傾向にある。しかし本当はそうではなく、製品コンセプトや操作方法の根本まで見直し、まさに最新の技術を活用することで、技術に詳しくない人が自然に利用できる製品を0から作り直すことのほうが世の中に与えるインパクトは大きい。
実は2007年1月、これに挑戦した製品が2つ発表されている。1つは言うまでもないだろう。みなさんもよくご存じの「iPhone」だ。それでは、もう1つは?
米国ではそれなりの人気商品で、量販店などにいっても当たり前に売られているが、日本では権利関係もあって2013年になるまで発売されてこなかった「未来は今」を感じさせる製品がある。それがLivescribeの「スマートペン」シリーズだ。
このLivescribeのスマートペンが、登場から7年目にして、史上最大規模の進化を遂げ、「Livescribe 3」として日本でも発売された。
●圧倒的未来を感じさせるLivescribeの「スマートペン」シリーズ
Livescribeは2007年以来、ペン型のコンピュータ、スマートペンを発売しているメーカーだ。製品ラインアップはいくつかある。2013年から国内販売が始まったので知っている人も多いと思うが、まだ知らない人がいたら、この記事は久々に驚きがいがある記事になるはずだ。
スマートペンの一番基本的な機能は、紙のノートに記した内容をデジタルデータに変換して、PCやタブレット、スマートフォンで文字認識や検索をできるようにすること。最新のLivescribe 3でも、専用のノートに何かを描くと、描いた内容がそっくりそのままiPhoneやiPadの画面に表示される。
例えば、今日の講義で「live」という単語が出てきて、それについて聞きたいと思ったら、アプリを起動して検索欄に「live」と打ち込む。するとこれまで専用ノートに書いた「live」を含む行がすべて一覧表示される。
手書き文字が検索できるのは、手書き文字認識が行なわれているからで、ノートに書いた文章をテキストデータとしてコピーし、メールに張り付けたり、アナログな風合いを残した手書き文字のままがよければ、その状態でもコピー&ペーストできる。また、ノートを取りながら録音も行なっていた場合、「ペンキャスト」という画面に切り替えて気になる行を指でタッチすると、その行を書いていた時点から録音を再生してくれる。頭出しが不要でとても便利なのだ。
初めて聞いた人には魔法のように思えるかもしれないが、手書きの部分はAnoto(アノト)という技術で実現している。専用ノートに見えないくらい薄い色の小さな点がたくさん打たれており、これをペン先に隠されたカメラで撮影して、今ノートのどの場所にどんな内容が描かれたかを認識し、それをBluetootでiPhoneなどのスマートフォンに転送してする仕組み。あとは専用ソフトの側で、ノートのどの部分を何時ごろに書いたかというタイムスタンプの記録と何時何分何秒の録音かというタイムスタンプ付き録音を照合して参照できるようにしている。
1度このペンを体験すると、話の順番を思い出しながら早送りや巻き戻しを繰り返して目当ての部分を探し出す必要があったICレコーダーは使う気がしなくなってしまう。それほど便利な商品だ。
新商品が「Livescribe 3」という名前であることから分かるように、これは同社にとって3世代目のスマートペンにあたる。
初代の製品は「Pulse Smart Pen」、または「Echo」ペンと呼ばれ、PCで専用アプリを起動した状態でペンをUSBポートに接続してノートを転送するというものだった。この専用アプリに手書きノートを取り込み、そこからノートをEvernoteに転送したり、画像ファイルなどとして書き出せた。また、ペンに簡単な文字表示ができる画面がついていて、アプリをインストールして楽しむこともできた。
例えば、ノートに印刷された計算機のボタンを押すと、計算結果がペンの液晶画面に表示され計算機アプリや、ノートにピアノの鍵盤を描いて、それをペンで触れて演奏できるピアノアプリ、ペンにスペイン語の単語を書くと、英語に翻訳して読み上げてくれるアプリまで多種多様なアプリがあった。
2代目の製品はWi-Fiスマートペンで、PCの助けなしにペン単体でインターネットに接続し、手書きしたメモをEvernoteに自動登録できるようになった。なお、Evernoteの手書き文字認識機能を使ってノートを検索したり、録音の再生も行えたが、PC用ソフトとの連携がなくなくなったのでアプリの追加はできなくなった。
そして最新の3世代目が今回の「Livescribe 3」である。LivescribeのCEO、Gilles Bouchard(ジル・ブシャール)氏に話を聞いた。
●「機能を減らす」ことでさらなる進化を実現
ブシャール氏は、「Livescribe 3はスマートフォンやタブレット世代のスマートペンだ」と話す。Livescribeが最初のスマートペンを発表した当初は、まだスマートフォンが普及する前。その後に登場したWi-Fiペンは最近のトレンド「IoT」(Internet of Things)――身の回りのモノが次々とインターネット接続を始めるトレンド――を先取りしたような製品だった。しかし、ここでブシャール氏は、大きく舵を切り直した。かつて実現していた注目機能を削ぎ落として、製品のシンプル化を進めたのだ。
「今日、ここまでスマートフォンとタブレットが普及した中、ペンがあまりに賢くてもユーザーは混乱するだけ」と同氏は語る。
確かにスマートフォンにも画面があり、ペンの側にも画面があるとなると、どの情報はどっちに表示されるのかとユーザーも混乱しかねない。Livescribe 3では、初代製品からの伝統であった、いかにもコンピューターペンのようなペン上の文字表示画面を取り払い、見た目は完璧に普通のペンにしてしまった。
「最高のデザインの製品にするために、伝統あるアナログペンのデザイナーたちに相談した」というLivescribe 3は、それまでのスマートペンとは打って変わった美しさを放つペンに仕上がっている。
唯一、デジタルっぽさを感じさせるのは、ペンのクリップ部分の根元にある小さなLEDが、通信可能な電源オンの状態には緑色に、スマートフォン/タブレット用のアプリとの通信中は青色に、そして録音中には赤色に光ることだけ。またUSB端子を隠すクリップ上のキャップが、タブレットに絵を描いたりするのに便利なスタイラスになっていることくらいだろう。
ちなみに中央に用意されたリングを時計回りにひねると、ペン軸が出て通信機能がオンになり、反対側にひねるとペンの電源がオフになるのと同時にペン軸が内側に隠れる、といったデザインもシンプルながらよく考えられている。
「Livescribe 3」はペンそのものの機能や魅力が、より大勢の人に伝わるように徹底してシンプル化を追求した(後継製品になればなるほど機能を詰め込む、テクノロジー製品としては珍しい進化だ)。
例えば、第1~第2世代のスマートペンでは録音もペンに内蔵したマイクで行なっていたが、Livescribe 3ではスマートフォンやタブレットのマイクを使って行なう仕様になった。
これまでの製品では、ペンにマイクを搭載する都合上、どうしても紙とペンがこすれる音(ノートを取っている音)がノイズとして入ってしまったが、この仕様変更のおかげで、録音を行なうマイク(スマートフォン/タブレット)は、話者の近くに置きっぱなしにする、ということも可能になり、よりきれいな録音ができるようになった。「そもそも、今のスマートフォンは、これまでのスマートペンよりも、よほど優秀なマイクを内蔵している。その点でも録音音質の劇的な改善が望める」とブシャール氏はいう。
一方、ハードウェアの機能を削る一方で、スマートフォン/タブレット上で動作する連携アプリの機能は、それなりに進化をしている。
アプリには「ページ」「Feed」「ペンキャスト」という3つのモードがあり、画面上のボタンで切り替える。「ページ」はノートを紙のノートの見た目そのまま表示する機能だ。ノートを1ページ単位で印刷したり、メールに添付したり、PDF形式に変換してほかのアプリで開いたり、といったこともできる。
「ペンキャスト」は、録音データ付きのノートを管理するモードだ。このモードでは画面の下に「再生」ボタンが表示され、録音をそのまま最初から再生することもできれば、ノートの一部をタッチして、そこを書いたときに録音していたところから再生をする頭出し機能もある。
また、録音データ付きのPDFファイル(ペンキャストファイル)としてメールやメッセージ機能で送信する機能もある。ペンキャストのPDFファイルは、「Livescribe+」アプリで開けば、頭出し再生などの機能がそのまま利用できる。
ちなみにPC上でも、WebブラウザでLivescribe PlayerというWebページにアクセスしてファイルをドラッグ&ドロップすれば、頭出し機能が利用できるようになる。
ペンキャストファイルは、ファイル形式的にはPDF書類なので、好きなPDF表示ソフトで手書きした内容を参照することはできるが、PDFに埋め込まれた録音音声を再生したい場合だけ、この操作が必要になる。
実際にペンキャストがどんなものかを試せるように、筆者のEvernoteにて、ブシャール氏のインタビューの一部をペンキャストファイルとして公開した。是非ダウンロードして試してみてほしい。
●ペンキャストのサンプルファイル
ジル・ブシャール氏のインタビューの一部をLivescribe 3を使って録音+ノート取りをしたペンキャストPDSファイルを筆者のDropboxに置いた。 こちらのファイルをダウンロード後、Playerページで開いて再生してみよう。
ノート中の好きな部分をクリックすると、そこに対応した録音から再生される。再生をしている間、筆者が文字を書いている様子が緑色で再現されている点にも注目だ。なお、筆者の字がどうしょうもなく汚い点には目をつぶってほしい。
●デジタルとアナログの接点、「Feed」モードが面白い
「Feed」モードは、紹介が後回しになったことからも想像がつくように、非常に奥が深いモードになっている。この「Feed」は、(見た目上は)ノートに手書きした内容を行単位で抜き出して表示するモードだ。
例えば、何も書き込まなかった空行は、Feedでは自動的に無視され、書き込んだ内容だけが詰まった状態で表示される。この状態で任意の1行を選んで右向きにスワイプをすると、その行を文字認識した結果が活字で表示される。
後で検索することになりそうな単語が、正しく認識されていなかった場合は、その行をタップして文字認識後の単語を修正することもできる(それによって手書きのクセを学習することはない)。
一方、紙のノートには書き忘れたが、後から参照したいメモなどがあれば、テキスト情報として追加することも可能だ。また、ホワイトボードの文字やインタビューをした相手の顔など、ノートに写真を追加したければ、それも追加できる。ただし、こうして追加したテキストや写真は、「Feed」モードの時だけ表示される。そのほかの2つのモードの画面は、あくまでも紙に書いた内容そのままだ。
追加だけではない。Feedモードでは、特定の行を選択して削除することもできる。これはちょっとおもしろい。さすがに紙のノートから自動的に消えることはないが、アプリ上の「ページ」や「ペンキャスト」の画面からは、そんな書き込みの記録がなかったかのように消え去る。後は紙のノートさえ燃やしてしまえば、そんなノートを取ったという記録は抹消できるのだ。これ以外に行を複数同時選択して、途中の秘密事項だけ飛ばして必要部分だけを抜粋してPDFファイルとして送ったり、TwitterやFacebookに手書き文字のまま投稿したり、リマインダーを作成する、といったことにも使える。
「会議などをしていると、議事録に加えてノートの余った行に『本件に関してスミスさんに電話』といった、自分宛の覚え書きをしている人も多いはずだ。そうやって書き込んだ内容を、リマインダーアプリを起動してタイプし直すのはバカバカしい。だから、文字認識した内容をそのままリマインダーに登録する機能をつけたんだ」とブシャール氏は話す。
かつてのLivescribeスマートペンを知る人の中には、紙のノートに手書きした鍵盤でピアノを演奏したり、外国語の単語を英語に翻訳して読み上げたりといった派手なアプリ機能が好きだったという人も多いかもしれない。
しかし、その機能のインパクトがあまりにも大きすぎたため、筆者が所有している昔のLivescribeのノートは、どのページを開いてもピアノの絵だらけになってしまっている(人に「ピアノを見せて」とねだられるため)。
Livescribe 3は、そうした遊びの要素は減ったかもしれない。しかし、テクノロジー業界以外の人たちの前で使っても、決して違和感のないエレガントな本体デザインと、シンプルながらも、だからこそ機能の全体像を把握してフルに活用できる大人の魅力を備えたスマートペンに生まれ変わっている。
ちなみにブシャール氏によれば、Livescribe 3は、過去2世代の製品を置き換えるモデルではない。日本では学研などが販売している初代ペン、「Echo」は引き続き販売が行なわれている。また、日本ではソースネクストらが扱っているEvernote連携に焦点を絞った自立型スマートペン、Livescribe Wi-Fiスマートペンも今後とも販売を継続する。これら旧世代製品のソフトは今後ともアップデートを継続するようだ(なお、初代製品のPulseペンについては、筆者のブログを参照してほしい)。
そして、それらの製品と並行して、より大勢の人にアピールできるように新規開発されたLivescribe 3が新たにラインアップに加わり、ソフトバンクセレクションや楽天市場などから発売されることになった。
初対面の人との打ち合わせで、いきなり机の上にノートPCを出してカチャカチャとキーボード叩き始めるのは、IT業界では許されても、その他の業界では、なんだか上品な感じがしないし、所作としても美しくない。平置きしたタブレットなら「異様さ」がかなり緩和されるが、それでもまだ少し違和感は残る。
だが、スマートペンで違和感を覚える人は、そうそういないはずだ。なぜなら21世紀の今日でも、地球上の3分の2の人は手書きでメモを取っているのだから。
自然に手書きした内容が一切むだにならずデジタルで保存されるLivescribe 3。まさにこれは、アナログとデジタルの魅力を融合する、最高のマリアージュだといえよう。
さて、初代Livescribe Pulseペンから使い続けている筆者がLivescribe 3を使ってみて感じたことを簡単に記しておく。
まず、PulseやEchoの初代製品は、基本機能に加えてピアノアプリなどをインストールして楽しめるのが魅力だったが、ノートPCを利用するために専用のクレードルを通して1度、PCに接続する必要があった。常時ノートPCを利用している人には今でも十分魅力的な製品だが、スマートフォンの時代になり、あまりPCを持ち歩かなくなった人には魅力が薄れてしまったかもしれない。
2代目製品のWi-Fiペンは、PCを携帯しなくてもオープンなWi-Fiさえあれば自動的にノートをEvernoteにアップロードし始め、PCもスマートフォンも一切不要で、独立して活用できるのが魅力だった。しかし、音声録音付きのノートなどは転送に時間がかかり、それをスマートフォンで参照するには、さらにスマートフォンのEvernoteがクラウドと同期し終わるのを待たねばならず、もどかしい面もあった。
これに対して最新のLivescribe 3は、常にスマートフォンやタブレットを持ち歩いている人であれば、アプリを起動するだけで書いたそばからすぐに次々と書き留めたノートが転送されていく。しかも、容量がかさばる音声は、ペンの側ではなくスマートフォン/タブレット側で録音するようになったため、インターネット経由での転送の待ち時間がなくなり、より鮮明な音質で録音できるようになった。さらに、新たに加わったfeedモードで、同じノートの中にキー入力したテキスト情報や写真も盛り込めるようになっている。おまけにペンの外観が、よりスッキリとエレガントなものになったので、あまり変な形で人目を引かない、というのも魅力の1つだろう。
インタビューの中でジル・ブシャールCEOが言っている通り、歴代のLivescribeシリーズの中でも、Livescribe 3はスマートフォン世代のユーザーに最適な製品だ。
[林信行,ITmedia]