
Windows 8.1 Updateで追加された新機能の1つに、「Internet Explorer(IE) 11における“エンタープライズモード”の追加」がある。これはIE11に「IE8互換の動作モード」を追加することで、古いバージョンのIEのみに対応した企業のWebアプリケーション等を円滑に動作させ、最新システムへの将来的な移行を手助けすることが狙いだ。
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(集計方法にもよるが)IE8は2014年5月現在においてもデスクトップ向けWebブラウザで20%超と最大シェアを誇っており、いまだ利用者が多いことが分かる。今回は、この辺りの背景を整理することで、Microsoftの資産であると同時に、過去に蓄積された不良債権ともいえる「互換性問題」について、同社が2020年に向けてどのようなロードマップを描いているのかをまとめてみた。
●Windowsの2020年問題とは?
「2020年問題」をキーワードにWeb検索を行うと、同年開催予定の東京オリンピックにまつわるインフラ問題や雇用問題、さらには住宅問題と、およそさまざまな問題が同年に結びつけられて提起されている。だが「Windowsの2020年問題」とは、よりシンプルな話で、「Windows 7の延長サポートが切れる年」のことを意味する。なぜ「Windows 7のサポート切れ」がそこまで深刻なのかといえば、その原因の1つは「IEの対応バージョン」にあると考えられる。
下記はWindows OSとそれがサポートするIE各バージョンの対応をまとめた図だ。Windows XPのデフォルトブラウザはIE6だが、バージョンアップにより最高でIE8まで引き上げられる。Windows VistaではIE9が最高となる。Windows 7ではIE8がデフォルトだが、現在リリースされているIE11まではバージョンアップが可能だ。Windows 8のデフォルトはIE10だが、Windows 8.1へのバージョンアップとともにIEのバージョンも11へと引き上げられる。
ここから分かるのは、IE8がWindows XPからWindows 7への橋渡し的な位置付けにある一方で、デフォルトブラウザがIE10またはIE11となっているWindows 8/8.1ではIE8が利用できないため、実質的に「IE8」または「IE10/11」の主に2つの勢力に分かれてIEユーザーが存在していることだ。
●データで見る「IE8」
IE8について、もう少しだけ深く掘り下げていく。IE8がデビューしたのは2009年3月で、この年の夏にはWindows 7が発売されており、IE8はそのデフォルトブラウザとなった。
IE8の特徴の1つは、これまでIEが批判の対象となってきたW3C等のWeb標準との非互換問題について、より互換性を高めることを開発目標の1つに掲げた点にある。従来のIEではバージョンに強く依存した仕様が含まれており、Webサイト開発者はIE上できちんと意図通りのレンダリングが再現されるよう独自実装や検証が要求されていた。
この問題で特にやり玉に挙がっていたのが「IE6」で、開発者らがIE6を糾弾するサイトを開設していたほか、Microsoft自らがIE6を撲滅すべくキャンペーンサイトを立ち上げて啓蒙活動を行っていたほどだ。なお、このサイトは「Internet Explorer - IE 6 Countdown」の名称で、現在も生き残っている。そもそもIE6のデビューがWindows XPの発売された2001年であり、実に13年前の技術というわけなのだが……。
IE8は「業界標準への対応」「過去の資産の継承」という2つの課題に同時に対応するため、「IE8標準モード」「互換モード」という2つの動作モードを用意するという苦肉の策を採用している。これにより、IEとしては初の「Acid2」に完全パスしたブラウザとなった。Acid2はW3C勧告にHTMLやCSSのレンダリングが沿っているかを計測するブラウザ向けのテストで、IE8が登場した2008~2009年当時には「ブラウザのWeb標準対応度」を図るものとしてよく用いられていた。
一方で互換モードの利用により、過去のIE6やIE7といったブラウザ向けに記述されたWebサイトの利用も可能だった。IE8ユーザーは好きな閲覧モードを選択可能なほか、サイト管理者がWebページにメタタグを埋め込むことで明示的にブラウザの閲覧モードを指定することも可能だ。Windows XPがサポートする最後のIEバージョンということもあり、ちょうど分岐点的な役割にIE8は存在するといえる。
Net Applicationsの「Net Market Share」の最新データによれば、現在のデスクトップブラウザにおけるIE8のシェアは20.85%でトップ。それにIE11やFirefox 28が続く。Net Market Shareは比較的IEのシェアが高く出る傾向があり、Chromeが圧倒的なシェアを持つStatCounterのデータとよく比較されることが多いが、前者が全ユーザーの平均的な数字、後者がWebトラフィックに比重がかかった数字(つまりヘビーユーザー比率が高いほどシェアが高くなる)だとされる。
つまり世界的に見て、いまだ利用比率が高いIE8だが、その原因はやはり「Windows XPのIE最終バージョン」「過去資産の互換性対応」という点にあると考えられる。XPユーザーであればIE8を利用している確率が高く、Vistaや7ユーザーであれば互換性のためにIE8を維持するといった具合だ。
逆にIE9やIE10のシェアがIE11よりも低いのは、Windows 8/8.1以降のユーザーであればIE11を利用しており、Windows 7ユーザーであっても互換性を意識しなければIE11までバージョンアップしてしまう可能性が高いからだろう。Vistaは相対的にユーザー数が少なく、ゆえにIE9でとどまっているユーザーはVistaならびに7ユーザーの一部なのだと考えられる。
●評判がよくないIE8を使い続ける理由
このようにWebブラウザで最大シェアを誇るIE8だが、その“受け”は必ずしもよくないようだ。例えばGoogle検索を行うと、下記のようなキーワードがすぐに出てくるあたり、よほど開発者や利用者のストレスの原因になっていることがうかがえる。
「The Internet Explorer 8 Countdown」という独立系開発者が立ち上げたサイトがあり、ここでは「IE8の世界シェアが1%を切るまでカウントダウンする」ことを目的にしていると記されている。なお、このサイトは前述したMicrosoftのIE6撲滅サイトが立ち上がる数週間前にスタートしたもので、同社がそれを参考にした……という話もあったりする。
実際、IE8自体が5年前のWebブラウザであり、技術的にも時代遅れとなりつつあることは否めない。互換性以前にパフォーマンス面でも現在では低速の部類に入り、Webアプリケーションの動作で重要なJavaScriptの実行速度では現行の最新ブラウザとの比較で10倍以上の開きがある。IE9以降に導入されたハードウェアアクセラレーション機能にも未対応で、最新ハードウェアの恩恵をほとんど受けられない点もマイナス要因だ。
とはいえ、Windows XPユーザーが減少して代替ブラウザの選択肢も用意されるなか、あえて「遅くて」「Web標準対応にまだ問題を抱える」IE8を使い続けるには相応の理由があるのだろう。
Microsoftをはじめとする関係者は、その理由を「企業向けに構築されたWebアプリケーション」にあると考えている。古くはホストコンピュータからクライアント/サーバまで、レガシーシステムと呼ばれる形で蓄積されてきたシステムを、Web技術をベースにしたカスタムアプリケーションの形で運用している企業は多い。企業システムは更新サイクルや追加コストの問題もあり、すぐの移行が難しいため、たとえ「旧バージョンのIEでしかうまく動作しない」アプリケーションであっても使い続けることになる。
●「エンタープライズモード」とは?
そこで登場するのがIE11の「エンタープライズモード(Enterprise Mode)」だ。IE8の動作を可能な限り忠実に再現するよう設計され、こうしたIE8以前を想定したWebアプリケーションであってもIE11上で動作を可能にする。
注意点としては、別にIE11上でIE8が動作したり、バイナリレベルで同じコードをレンダリングに用いているわけではないため、あくまで「可能な限り忠実に行うエミュレータ」という位置付けになっていることだ。
エンタープライズモードを適用するサイトは(イントラネットを含む)、あらかじめ企業のネットワーク管理者がグループポリシーの形で社内クライアントに対して一括指定できるようになっており、該当するサイトへのアクセスに対しては「エンタープライズモード」、それ以外についてはIE11のネイティブ動作モードである「エッジモード(Edge Mode)」が選択されるようになる。
モード変更の際にはIE11上にポップアップが出現し、アドレスバーのアイコンが“ビル”のマークに変化することで分かるようになっているが、一般ユーザーは特に意識することなく利用できる(逆にポリシーが設定されている場合はユーザーがモード変更に介入できない)。この辺りの詳細はMSDNのBlogにも記述があるので、興味ある方は参照してほしい。
従来のIEでは、それ以前のバージョンのIE向けに記述されたページを再現するため、ページ中に「X-UA-Compatible」というメタタグを埋め込むことでページをレンダリング処理するIEバージョンを明示的に指定し、後方互換性を維持する仕組みが用意されていた。バージョン11までのIEでは、この方式で過去に記述されたページとの互換性を取っており、この手法は「ドキュメントモード(Document Mode)」と呼ばれている。
ただしMicrosoftによれば、この手法はレガシーであるとしてIE11より後のバージョンではサポート対象外になることを警告しており、今後はIE10/11以降のブラウザに対応したよりモダンな方式を採用するよう訴えている。
ここで疑問がわくのが、「なぜ互換性対応の排除を目指していたMicrosoftが、Windows 8.1 Updateで突如エンタープライズモードを採用したのか?」「エンタープライズモードとドキュメントモードの違いは?」の2点だ。
前者については本稿最後の結論にまわすとして、後者について簡単にまとめたい。筆者もこの違いが分からずいろいろ調べていたところ、Stack Overflowに明確な回答を見つけた。
それによれば、サイトの互換性に関する多くの問題は「X-UA-Compatible」を使ったドキュメントモードで対応可能なのに対し、残りの問題として「CSS Expressions」や「ActiveX」まわりでドキュメントモードだけでは対応できないケースが存在するという話だ。特にCSS ExpressionsはIE5以降に採用され、IE8でサポートが終了したため、こうしたIE8以前の環境をある程度忠実に再現するために「IE8エミュレーション」のような仕組みが必要となり、それが「エンタープライズモード」となった。
エンタープライズモードは動作の忠実性が高いため、以前に比べても少ない検証の手間でそのまま従来のクライアント環境をIE10/11以降のブラウザしか搭載しないWindows 8/8.1に持ち込めるため、スムーズな移行を実現できるというわけだ。
●頻繁に変化したMicrosoftの「Windows+IE」戦略
世情の変化に敏感に反応し、比較的柔軟に対応を行うのがMicrosoftという企業の特徴だと筆者は考えているが、IEはその特徴を最も色濃く受け継いでいる製品の1つだと考える。
過去にはインターネット戦略の先兵となり、OSへの機能統合の先駆けとなって司法省の介入を招くなど、批判の矢面に立つ存在だった。IE4以降はブラウザで圧倒的シェアを獲得するに至り、IE5とIE6の時代には開発サイクルが停滞するなど、混迷期へと突入する。その後、Windows VistaにバンドルされたIE7の登場を経て、競合ブラウザの林立に呼応する形で標準準拠路線を打ち出したIE8の登場となった。以後、リリースサイクルの短縮と機能の大幅強化が図られることになる。
このようにIEの歴史を振り返ると、ライバル不在時期のIE5~IE7が製品的にも停滞期にあたり、この時代の負の遺産が現在でも開発者やMicrosoft自身を苦しめているというのは興味深い。
IE9時代にはハードウェアアクセラレーションへの対応など、他の競合ブラウザにはない特徴を打ち出して積極的に差別化を図っている。この時期には「IEが動作することこそがWindowsの強みと言いたい」とMicrosoft自らが公言するほど製品に自信を見せるようになり、「あくまでWindowsのバンドル品」といった評価の払拭を図っていた。
そしてIE10リリースの際には、「これはWindows 8ユーザーに対してのみ提供される」と説明しており、事実上「Windows 8への誘導」を目的としていた。これは、Windows 8のDeveloper Previewの配布が開始されるまで、IE10の開発者向けβ版はWindows 7用に提供されていたことからも分かる。
変化が起きたのはこの後だ。かたくなに「IE10はWindows 8用」としていたMicrosoftだが、Windows 8発売の翌月にあたる2012年11月にWindows 7用の開発者向けβ版をリリースし、翌年2013年2月にはついにWindows 7用の正式版IE10をリリースした。Windows 8初期のセールス不振が伝えられる中でのニュースだったため、「Microsoftがついに折れたか」といった感想を抱いた記憶がある。
そして現在、Windows 8.1以降に提供されているIE11はWindows 7用も用意され、旧OSでも最新のIE環境を利用できるようになっている。これは世界で50%近くあるといわれるWindows 7のユーザーシェアを無視できない(2014年5月現在Net Applications調べ)、と判断したことからくるものだろう。
それにも関わらず、依然としてIE8のシェアが20%超あるのは前述の通りだ。Windows XPユーザーが一定数いることも理由だろうが、それ以上にIE8を何らかの理由で維持し続けなければいけないユーザーもまた一定数いることが理由だと考えられる。これは以前にも紹介したアジア地域でのWindows OSシェアとブラウザシェアの相関図からも見て取れる。こうしたユーザーを次のステップへと導くのが、IE11におけるエンタープライズモードの役割だと考える。
そして話は冒頭のWindows 2020年問題へと戻る。前項でも紹介したように、ほぼ完全な後方互換性を実現するのがIE11におけるエンタープライズモードの狙いであり、互換性問題が理由でIE8に踏みとどまっている顧客への救済策となっている。
現在、こうしたユーザーにとっての最後の砦(とりで)は、IE8をサポートする最後のOSである「Windows 7」であり、これが終了する2020年がシステム移行期間のデッドラインだった。だがIE11のエンタープライズモード採用により、このデッドラインにさらに猶予期間が与えられ、少なくともWindows 8.1 Updateの製品サイクルが終了するまでは継続利用が可能だ。
MicrosoftにとってIE11のエンタープライズモードは、Windows 8/8.1への移行を促進するきっかけでもある一方で、IEのドキュメントモード廃止勧告にみられるようにレガシー排除に向けた長い道のりが今後も続くことを意味する。そんな「俺たちの戦いはこれからだ」的な予感の未来図なのかもしれない。
[鈴木淳也(Junya Suzuki),ITmedia]