最近、テレビや一般誌でも取り上げられるようになった“ハイレゾ”。オーディオファンには既におなじみだろうが、高解像度を示す“ハイレゾリューション”と呼ばれる高音質の音源ファイルや、それを再生するためのオーディオ機器を指す。最近では各種業界団体からハイレゾの定義も示され、市場の盛り上がりも期待される。最新動向について、AV評論家の麻倉怜士氏に解説していただこう。
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麻倉氏: 最近の動きとして、いくつかの業界団体が“ハイレゾ”の定義を公表したことがあります。まずJEITAが「ハイレゾオーディオ」という呼称を定義しました。次に米国のDEG(The Digital Entertainment Group)およびCEA(Consumer Electronics Association)がハイレゾ音源の種類を区分けしています。そして直近では日本オーディオ協会がハイレゾ対応機器の条件とロゴマークを公開しています。
いずれも、従来は曖昧(あいまい)で主観的であり、関係者が一方的に主張していた“ハイレゾ”の定義が固まってきたということで、今後は製品の広報や宣伝にロゴマークが使われることになるでしょう。48kHzあたりの音源がどう扱われるかが焦点ですね。
●JEITA
「ハイレゾオーディオ」という呼称を定義したもの
・「ハイレゾオーディオ」という呼称は、CDスペック(CDフォーマットの44.1kHz/16bit、およびDAT/DVDの48kHz/26bit)を超えるデジタルオーディオであることが望ましい。
・リニアPCM換算でサンプリング周波数、量子化ビット数のいずれかがCDスペックを超えていれば「ハイレゾオーディオ」とする。ただし、いずれかが超えていても、もう一方がCDスペック未満の場合は非該当とする。
●DEG、CEA、The Recording Academy、そのほかメジャーレーベル
ハイレゾ音源を、そのマスターによって4つに区分けしたもの
・48kHz/20bitもしくはそれ以上のPCMマスター音源を「MQ-P」
・アナログマスター音源を「MQ-A」
・44.1kHz/16bitのCDマスター音源を「MQ-C」
・DSD/DSFマスター音源(2.8MHzもしくは5.6MHz)を「MQ-D」
●日本オーディオ協会
ハイレゾ対応機器を定義したもの
1)、上記JEITA公告(25JEITA‐CP第42号)を原則踏襲し、「ハイレゾ」対応の機器について「付帯項目」として定義
2)、録音および再生機器並びに伝送系において以下の性能が保証されていること
アナログ系
・録音マイクは高域周波数性能:40kHz以上が可能であること
・アンプ高域再生性能:40kHz以上が可能であること
・スピーカー・ヘッドフォン高域再生性能:40kHz以上が可能であること
デジタル系
・録音フォーマット:FLACWAV ファイル 96kHz/24bit以上が可能であること
・入出力 I/F:96kHz/24bit以上が可能であること
・ファイル再生:FLAC/WAV ファイル96kHz/24bitに対応可能であること(自己録再機は、FLACまたはWAVのどちらかのみで可とする)
・信号処理:96kHz/24bit以上の信号処理性能が可能であること
・デジタル・アナログ変換:96kHz/24bit 以上 が可能であること
3)、生産もしくは販売責任において聴感評価が確実に行われていること
・各社の評価基準に基づき、聴感評価を行い「ハイレゾ」に相応しい商品と最終判断されていること
――日本オーディオ協会の基準ですと、例えば48kHz/24bitの“CDマスター”品質を十分に再生できる能力があってもハイレゾ対応機器ではないことになってしまいます。ここまでハードルを上げておきながら、最後は“聴感評価で判断していい”というのもよく分かりません。
麻倉氏: そうですね。確かに個々の定義をつめていくと、そんな問題も出てきます。しかし私個人としては、「どうでもいい」と考えています。ハイレゾをトラックの荷台の大きさ(が大きくなった)と考えると、問題はそこに何を積むかです。新鮮でおいしい食品を積むのか、そうではないものを積むのか。CDでもハイレゾ的な素晴らしい音が出ることもありますし、逆に荷台は大きくても中身がプアなケースもあります。「これがハイレゾか?」というものもあります。ユーザー視点で言うと、ハイレゾが定義されたことにより、どれだけ良いコンテンツが届けられるようになるかが課題です。
――そう考えると、DEG/CEAのマスター区分けがもっとも消費者目線のような気がします。
麻倉氏: そのコンテンツのほうでも新しい動きが出てきました。いくつか紹介していきましょう。
麻倉氏: 大手レーベルのハイレゾ配信は、2011年にe-onkyo musicでQUEENのアルバムがDRM付きで配信されたことで始まりました。続いてユニバーサルミュージックをはじめ、ワーナーやJVCが参入しましたが、去年まではどちらかといえば“過去の名作”コンテンツのリマスター版がメインでした。特にクラシックやジャズです。
理由はいくつかあって、ハイレゾ楽しむ人はクラシックやジャズの愛好家が多かったこともありますし、いつの時代でも価値のあるコンテンツが楽しまれるのも変わりません。S/Nが高い、これらの音源はハイレゾ向きです。一方、レコード会社にしてみればDRMなしの配信には一抹の不安があり、最新作の配信にはなかなか踏み出せませんでした。しかし昨年4月の著作権法改正で不正アップロードに関する処罰が厳格化され、レコード会社の背中を押すことになります。
また、昨年秋にはソニーも大々的なハイレゾキャンペーンを行い、ロゴマークを作り、ハイレゾ対応ウォークマンを発売してハイレゾのユーザーをオーディオのマニア層から一般層まで広げました。最近では、CDと同時にハイレゾ音源配信を開始するといった試みも始まり、一方ではハイレゾ配信のために新たに録音するといった動きも出てきています。
●「ベルリン・フィル・レコーディングス」の誕生
麻倉氏: 私が注目したのは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が「ベルリン・フィル・レコーディングス」というブランドで自主レーベルをスタートさせたことです。アーティスト自身がレーベルを立ち上げる動きも顕在化しており、これまでにもバイエルン国立管弦楽団やフィラデルフィア管弦楽団などの大手楽団が自主レーベルを強化してきましたが、その中では最近のもっとも大きい話ではないでしょうか。
――なぜ自主レーベルに力を入れるのですか?
麻倉氏: 理由の1つに、メジャーレコード会社が従来よりクラシックに対して積極的ではなくなったことがあります。楽団関係者に聞くと、近年はベートーヴェンやモーツァルトの交響曲などの“王道クラシック曲”の新規録音が減り、危機感をおぼえてるそうです。また従来はパッケージソフトがCDだけだったので、自分たちでやるには資本が必要でしたが、ネット配信という手段が登場して楽団も自主レーベルを展開できるようになったのです。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、2011年から「デジタルコンサートホール」というVOD形式の動画配信サービスを提供していますが、現在では世界に2万人のアクティブユーザーを抱え、そのほかメール会員は100万人もいるそうです。先行投資して映像ソースや音源をそろえたことが成功につながりました。
私が感動したのは、ベルリン・フィル・レコーディングスがパッケージメディアへのこだわりを持ちながら、新しいデリバリーシステムとしてのハイレゾ配信――とくにマルチチャンネル音源の作成に取り組んでいることです。
――パッケージもあるのですか?
麻倉氏: そうです。第1弾の「シューマン 交響曲全集」(サー・サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)は、6月下旬に発売されます。国内ではキングインターナショナルが扱い、輸入版に日本語パンフレットを挿入して販売するそうです。
パッケージは布張りハードカバーで、中にはCDとBlu-ray Disc、そしてハイレゾ配信のダウンロードチケットが入っています。BDは、ハイビジョンのライブ映像(音声は2chとDTS-HD MAの5.0ch)、96kHz/24bitの2ch、DTS-HD MAの5.0チャンネルが入ったBDオーディオ。配信では192kHz/24bitのWAV(2ch)とFLAC(5.0ch)がダウンロードできます。
麻倉氏: 物理メディアとデジタル配信の両方で2chとマルチchをそろえたのは、1つのコンテンツとしては初めてではないでしょうか。去年、キューテックが同一タイトルをCDやアナログLP、オープンリールといったメディアで1つのパッケージにした「THE EARTH」(ジ・アース)を出しましたが、ハイレゾ配信はありませんでした。ファンにとってはそれぞれの音の違いを楽しめるので、パッケージメディアのマーケティングとしても有効でしょう。
パッケージそのもののデザインもアーティスティックです。昨年、楽団はシューマンをテーマにしていたのですが、シューマンの躁鬱なところを象徴するものとして、瓶の写真を何カ所にも入れています。この瓶はマイセンと並ぶ有名な工房に頼んで作ってもらったそうです。
サイズも特殊です。今の時代では奇異な印象ですが、実はこれ一番安定感のある“黄金比”で、そこに価値観を見いだしているのです。価値のあるパッケージを作り、ユーザーの所有欲を満たす。欧米ではパッケージ販売そのものが減っていますが、そんな中にあって、しっかりしたものを作ったと思います。
麻倉氏: そして音も素晴らしい。イチオシのコンテンツは始めから192kHz/24bitで収録したそうです。CDに入っているのはダウンコンバートですが、しなやかで麗しい音がします。しかし一番良いのは、FLACの5.0ch。ベルリン・フィルハーモニーホールのちょうど正面にある2階席で演奏を聞いている印象です。前方にオーケストラが広がり、後ろの広がりも自然、ベルリンフィルのホールは天井が広がっているのですが、その上への広がりが分かります。やはり5.0chになったときの音場と緻密(ちみつ)さはすごいですね。
これまで、クラシックのマルチチャンネルソースはDTS-HD MAが多く、FLACは意外と珍しかったのですが、同じロスレスでも配信のFLACは本当に素晴らしいと思います。昨年までは2chがメインでしたが、今後はマルチチャンネルのハイレゾもトレンドとなるのではないでしょうか。そう感じるほど素晴らしいと思いました。
非常に現代的でありながら、同時に従来からの音楽パッケージの楽しみ方も満たしてくれるタイトルが登場したと思います。これが新しいひとつの流れです。次回はもうひとつの流れについて話していきましょう。
[芹澤隆徳,ITmedia]